やさしくできない日も、愛はある

子どもを愛していないわけじゃない。

むしろ、大切だからこそ苦しくなる。
ちゃんと育てたいから、焦る。
守りたいから、神経が張りつめる。
いいお母さんでいたいから、自分を責める。

でも、寝不足で、体も心も限界で、
家事も仕事も予定も詰まっていて、
誰にも代わってもらえない日が続くと、

愛を伝えるどころか、
今日を回すだけで精一杯になる日があります。

愛を伝えられない日があっても

子どもにやさしくできなかった。
強い口調で言ってしまった。
笑顔で返せなかった。
抱っこしてあげたいのに、身体が動かなかった。

そんな日があると、
夜になってから胸がぎゅっと痛くなることがあります。

「また怒ってしまった」
「もっと優しくしてあげたかった」
「私は母親としてダメなんじゃないか」

そうやって、
自分を責めてしまうママもいると思います。

でも、そんな日があってもいい。

「愛を伝えられなかった」と思う日にも、
あなたはちゃんと子どもを思っています。

今日を守ったことも、愛

ごはんを用意した。
おむつを替えた。
泣き声に反応した。
熱がないか気にした。
危なくないように見守った。
寝ているか確認した。

それは全部、愛です。

優しい言葉だけが、愛じゃない。
笑顔で抱きしめることだけが、愛じゃない。

今日、子どもの命を守ったこと。
今日、なんとか一日を終えたこと。

それも、ちゃんと愛。

愛は、きれいな形だけで出てくるわけじゃない

愛というと、
やさしい声かけや、穏やかな笑顔や、
あたたかい抱っこを思い浮かべるかもしれません。

もちろん、それも愛です。

でも、子育ての毎日は、
そんなにきれいな瞬間ばかりではありません。

眠れない夜がある。
泣き声がつらい日がある。
何度言っても伝わらなくて、心が折れそうになる日がある。
自分の余裕がなくなって、子どもに優しくできない日がある。

それでも、
子どもを危険から守った。
必要なものを用意した。
泣いている声に気づいた。
体調を気にかけた。
今日もなんとか、この子と一日を過ごした。

その一つひとつは、
とても地味だけれど、確かに愛です。

いいお母さんでいようとしすぎなくていい

「いいお母さんでいたい」

そう思うことは、
子どもを大切に思っている証拠でもあります。

でも、
いいお母さんでいようとしすぎると、
できなかった日の自分を責め続けてしまうことがあります。

優しくできない私はダメ。
笑えない私はダメ。
余裕がない私はダメ。
こんなふうに思ってしまう私は母親失格。

そんなふうに、
自分を追い詰めなくていい。

やさしくできない日があるのは、
愛がないからではありません。

疲れているから。
限界が近いから。
ひとりで抱えすぎているから。
誰かの助けが必要なサインかもしれないから。

だから、
「私は愛せていない」と責める前に、
まずは自分に聞いてみてほしいのです。

私は今、疲れていないかな。
ひとりで頑張りすぎていないかな。
本当は、誰かに助けてほしいんじゃないかな。

やさしくできない日も、愛は消えていない

やさしくできない日があっても、
愛がなくなったわけではありません。

うまく笑えない日があっても、
子どもを大切に思っていないわけではありません。

愛は、いつもわかりやすい形で出てくるとは限らない。

時には、
ごはんを出すことだったり、
熱を測ることだったり、
危ないものを片づけることだったり、
泣き声に反応することだったり、
寝顔を見て「今日も生きてる」と確認することだったりする。

今日を守ったこと。
今日を終えたこと。
それも、ちゃんと愛です。

だからどうか、
やさしくできなかった日にも、
自分を責めすぎないでください。

あなたは今日も、
子どもを思っていた。

愛をきれいに伝えられなかった日にも、
愛はちゃんと、そこにありました。


最後に

子育ては、
いつも穏やかで、やさしくて、あたたかいものばかりではありません。

余裕がなくなる日もある。
言いすぎてしまう日もある。
笑えない日もある。

でも、
そんな日があるからといって、
あなたの中の愛が消えたわけではありません。

やさしくできない日も、愛はある。

そして、
その愛を守るためにも、
ママ自身がひとりで頑張りすぎないことが大切です。

子育てのしんどさや、
母になってからの心の揺れを、
安心して話せる場所が必要なときは、
講座や個別相談でもお話を伺っています。

必要な方に、
この言葉が届きますように。

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