「母子ともに無事でした」で終わらない医療を目指して

産後出血とトラウマインフォームドケア

出産は、新しい命の誕生という喜びに満ちた出来事です。

でも、その一方で、お産は命がけの出来事でもあります。

緊急帝王切開。
大量出血。
NICUへの入院。

ほんの数分前まで赤ちゃんを抱いていたお母さんが、
突然、命の危険に直面することもあります。

私は産婦人科医として、そんな場面を何度も見てきました。

そして最近、Lancetに掲載された産後出血(PPH)に関する論文を読み、
改めて考えさせられました。

そこには、産後出血が単なる「出血」の問題ではなく、
その後の心や暮らしにも大きな影響を及ぼす可能性があることが書かれていました。*


産後出血は、心にも影響を与えます

論文では、産後出血による影響として、次のようなものが挙げられています。

  • 不安
  • 産後うつ
  • PTSD(心的外傷後ストレス障害)
  • 母子の愛着形成への影響
  • 母乳育児への影響

また、産後出血を経験した女性の15.5%に産後うつが認められたという報告もあり、
産後出血を経験していない女性と比べて、
産後うつのリスクが高くなる可能性も示されています。

PTSDについても、産後出血を経験した女性の10.7%に認められたと報告されています。

ただし、産後出血そのものがPTSDのリスクを
明確に上昇させるかについては、現時点では十分な結論が出ているとはいえません。

それでも、産後出血の影響が「出血が止まったら終わり」ではないことは、
忘れてはいけないと思います。

お母さんの心や身体は、その後も長く、その出来事を抱え続けているかもしれないからです。


「何が悪いのか」ではなく、「何が起きたのか」

ここで大切になるのが、トラウマインフォームドケアという考え方です。

トラウマインフォームドケアとは、

「この人は何が悪いのか」ではなく、「この人に何が起きたのか」という視点で、
その人を理解し、支援する考え方です。

たとえば、お産のあとに、

  • 涙が止まらない
  • 出産のことを思い出したくない
  • 病院へ行くのが怖い
  • 赤ちゃんをかわいいと思えない
  • 次の妊娠を考えることがつらい

そのような気持ちになる方がいます。

そんなとき、周囲は善意から、

「赤ちゃんが元気でよかったですね」

「母子ともに無事でよかったですね」

と言葉をかけることがあります。

もちろん、それはとても大切なことです。

でも、そのお母さんの心の中では、まだお産が終わっていないのかもしれません。


お産の記憶は、身体にも残ります

強い恐怖を感じたとき、人はその出来事を記憶としてだけではなく、
身体の感覚としても覚えていることがあります。

分娩室の空気。

モニターの音。

助産師さんの声。

消毒液のにおい。

そのような何気ないきっかけで、
当時の恐怖や緊張が突然よみがえることもあります。

それは、弱さではありません。

心と身体が、もう二度と同じ危険に遭わないように、
自分を守ろうとしている反応なのです。

「もう終わったことなのに、どうして忘れられないのだろう」

そう思って、自分を責める必要はありません。

頭では終わったと分かっていても、
心や身体がまだ「危険は続いている」と感じていることがあるからです。


「母子ともに無事でした」の、その先へ

産科医療では、「母子ともに無事でした」という言葉がよく使われます。

もちろん、母子の命が守られたことは、何より大切です。

でも私は、それだけでは足りないと思っています。

お母さん自身が、

「怖かったです」

「苦しかったです」

「寂しかったです」

「私は頑張りました」

そう言える場所があり、その思いを誰かに受け止めてもらえることも、
同じくらい大切なのではないでしょうか。

出産は、赤ちゃんが生まれる日であると同時に、お母さんが生まれる日でもあります。

だからこそ、命だけではなく、心も守る医療が必要だと思っています。


お産の記憶を、ひとりで抱え続けなくていい

お産から何か月、あるいは何年たっていても、

  • 思い出すと涙が出る
  • あのときの場面が何度も浮かぶ
  • 「もっと違う選択ができたのではないか」と自分を責めてしまう
  • 次の妊娠や出産を考えることが怖い
  • 周囲から「無事でよかった」と言われるたびに苦しくなる

そのようなことがあります。

それは、あなたが弱いからではありません。

あなたの心と身体が、必死にあなたを守ろうとしているのかもしれません。

私は産婦人科医として、
お産を医学的な視点から振り返るだけではなく、
心と感情を解放する技法も用いながら、
つらい記憶に結びついた感情や身体の反応をやわらげ、
その体験を自分の中で捉え直していくサポートをしています。

起きた出来事そのものを、なかったことにはできません。

けれど、その出来事を思い出したときに感じる苦しさや、
その体験につけている意味は、変わっていくことがあります。

お産の記憶を消すのではありません。

「あの出来事に、今も支配され続けている状態」から、少しずつ離れていくことを目指します。

「母子ともに無事だったのだから」と、自分の気持ちに蓋をしなくて大丈夫です。

お産のつらい記憶を、
これ以上ひとりで抱え続けたくないと思っている方は、
一度ご相談くださいね!

あなたのペースを大切にしながら、
安心してお産の体験を振り返れる時間を一緒につくっていきます。

お産のつらい記憶について相談したい方は
公式LINEより「お産の記憶」とメッセージを送ってくださいね

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参考文献:Postpartum haemorrhage: epidemiology, consequences, and missed opportunities SeriesPostpartum Haemorrhage 1Volume 408, Issue 10549p62-73July 04, 2026

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